本書のメインタイトルは『「調べる」論』だが、体系的な調査術について解説するノウハウ本ではない。それを期待されては申し訳ないので、あらかじめおことわりしておく。
　ここで語られるのは、みずからのミッションを確信し、真摯に、粛々と職務を遂行する人たちによる「仕事の話」であり、仕事の構えとしての「調べ方」についてである。
　インタビュアーとして、各界のプロフェッショナルに話を聞き続けてきた著者の木村さんはあるとき、「現場の第一線で活躍している人は、分野を問わず優れたリサーチャーでもある」ということに気付いた。
　ジャーナリストの取材の仕方、為替ストラテジストの相場の見方、科学者のデータの採り方、狂言師の型の埋め込み方。どれもこれもが予断を持たない、ひたすらやるのみ。しつこい、あきらめない。いつのまにか、対象にのみこまれて奴隷のようになっている。そして気がつけば、蓄積し続けたものからおのずと答えが見えてくる。もし調査の神様というのがあるとすれば、わからなさに耐え、問うべきものを探し続けている者のみに降りてきてくれるのかも。そんなことを木村さんとは話した。

　考えてみれば、「一日のうちで一度も調べるということをしない」という人はおよそいないだろう。小学生だって辞書を引く。ましてや、ネット検索がテレビをつけたり電話をかけるくらい日常的になった時代だ。意識しようがしまいが、みんながごく日常の営みとして「調べて」いる。
　そういうコロンブスの卵的なことに「はッ」と思い当たるのが、木村さんの面白いところ。「はじめに」に書かれている、取材対象者に「語りに落ち着きのない人が多かった」という感想もそうだ。言われてみれば、それまでにないやり方で真理に迫ろうとしている人には、どこかせわしないところがある気がする（いつも無意識に何かを探していて、察知したものを逃がさないようとしているからかもしれない）。ただひたすら肉声に耳を傾け続け、それを文字にし反芻することに無上の喜びを感じるインタビュアーだから気付けるのだろう。
　木村さんが蓄積してきた人びとの「声」は、ときに「自分が聞きたかったもの」として不意に出会えるので驚く。一読したあとは、特定のワンフレーズを想い出すだけで、語り手のたたずまいを想像することができる。時間をおいて読みかえすと、前には聞こえなかった言葉が自分に語りかけてくるように思えることもある。ほかの本でももちろんそういうことはあるけれども、人の肉声というのは、とくにその温度や距離感が生々しいのだとあらためて感じる。
　本書の終章では、木村さんがそうした「声」をどうして集めたいと思ったのか、どうやって集めているのかについても、はじめてまとまった文章を記していただいた。登場する20組のプロフェッショナルに加えて、もうひとりの仕事人の声をお聴きいただければ幸いである。
（ＮＨＫ出版　福田直子）