なんとも美しいこの絵は、バロック期の巨匠ペーテル・パウル・ルーベンス(1577?1640)の作品です。あえて画題を伏せたうえで、クイズをひとつ。この絵、いったい何の場面を描いているのでしょうか?
ルネサンス・バロックの時代には、こういった神話画が数多く描かれました。大きな美術展に行けば、まず間違いなく神話画と対面する機会があるはずです。しかし、ギリシャ神話を知らないことには、これらの絵は理解できません。ルーベンスの例で言うならば、裸のまま立っている3人の女性、その足元にいる孔雀やキューピッド、物憂げな男が握っているボール……そのすべてに「描かれるべき理由」があり、神話を知る人にとってこそ、この絵は「面白い」のです。著者の逸身氏は言います。日本でルネサンス・バロックの絵画が印象派のように好まれないのは、神話(あるいは聖書)がわからないからではないか、と。
本書には、全40点もの神話画が掲載されています。とはいえ、神話画の鑑賞指南が本書の主眼ではありません。ティツィアーノやコッレッジョらの作品を通して、彼らが題材にした「ギリシャ神話」の特質を明らかにしていく。それこそが本書の狙いなのです。
たとえば「なぜ神々は好色になったのか」という副題は、ギリシャ神話に対する素朴な、しかし本質的な問いかけです。ほかならぬ神様が、やたらと人間の女性を襲う。そのような神の存在をどのように考えればいいのか。そんな神話が、今日にいたるまでヨーロッパで大事に語り継がれてきた理由はどこにあるのか。ルネサンス・バロック期の絵画を出発点に、古代ローマ・ギリシャにまでさかのぼって考察していきます。
西洋古典学の大家が案内するギリシャ神話の世界。美麗な絵画を堪能しながら、ぜひお楽しみください。
(冒頭の絵:ペーテル・パウル・ルーベンス《パリスの審判》、ナショナル・ギャラリー、ロンドン)
(NHK出版 粕谷昭大)