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戦後「社会科学」の思想
日本の敗戦から75年が経過した。今でも世界3位という経済大国の地位に到達した誇るべき社会にはしかし、一種の停滞感と閉塞感、いわばあきらめのムードが、特に若者の間で漂う。本当に、いま、「この道しかない」のか? 日本は本当に「変わらない、変われない」と、運命論的に捉えてしまっていていいのか? こうした態度に対し、留学生たちから疑問の声が著者へ寄せられるようになって久しい。
一方で優秀な研究者は、実証できること、論文を書けることを重視した研究に走らざるを得ない状況もあり、とくにそうした傾向の強い政治・社会哲学領域では、せいぜい遡っても1970年代のロールズまで、それ以前は知らない、という歴史感覚の稀薄さが散見される。研究者ですらこうである以上、一般の人々にとって歴史への意識は乏しく、せいぜい30年前にどんな議論があり、その時代はどう捉えられていたかも、想像すらできないのが実情である。
さらに、「戦後体制の清算」が叫ばれるようになり、戦後継承されてきた制度や価値が、「時代に合わない」という言葉を基準として捨て去られようとし、憲法や平和主義すら少しずつ変わり続ける状況にあること。
本書はこうした状況に対して、「現代が必ず過去の時代より優れているわけではない」こと、「過去の議論の蓄積はたやすく忘却されてしまい、そのため無益な議論の繰り返しが起きがちである」ことなどを警告する。そして浅薄な「時代」理解を避け、「現代とは、過去を踏まえてどのような時代となっているのか」ということを正確に理解するために、戦後の「社会科学」が、各々の時代をどのように理解してきたのかを大局的な視点から概括して、戦後の一流の知識人たちの思考のあとをたどる。なお社会科学とは、経済学、政治学、法学、社会学などの社会を対象とする諸学問の総称だが、著者にとってそれは、「個別の社会領域を超えて時代のあり方を学問的に踏まえつつ社会にヴィジョンを与えるような知的営み」である。
具体的には、戦後から現在までを次の4つの時代に区切って思想史を描きなおす。
1 欧米の近代民主主義などの思想を学び直すことが日本の再出発にとって不可欠とされた戦後期
2 高度経済成長のなかで到来した大衆社会化を、欧米と同時代的な現象ととらえるようになった1950―60年代
3 世界同時的に「奇妙な革命」が起きた1960―70年代
4 保守化と新自由主義化のその後、現代まで
これらの各期に、立場を問わず、論者たちが共有していた「現代とはどのような時代か」という問題意識を的確にまとめて記述していくことで、今の私たちにとっての「現代」が、上記4つの時代に起きた「社会の変化」の複層によって出来上がっていることを示す。「現代とはどのような時代か」を正確に理解したうえで、運命論から逃れ、可能な未来を切りひらいていくための、きわめて公平かつ分かりやすい「社会科学」入門書である。
戦後75年を経て日本の社会には一種の停滞感と閉塞感が漂い、今ある社会の形が唯一であるかのような運命的な見方が拡がっている。これは本当か? 一方で戦後継承されてきた価値や制度は時代に合わないとして別のものに取り替えられつつある。これは妥当なのか? 本書はこうした捉え方が一面的であり、長く積み重ねられてきた議論を忘却していると指摘する。戦後から現在までを4つの時代に区切って思想史を描きなおし、各時代の論者が立場を超えて共有した問題意識を浮かび上がらせることで、これらが複層して現代を作り上げていることを示す。「現代とはどのような時代か」に正面から答える、きわめて公平かつ分かりやすい「社会科学」入門。