漢字が中国から伝来して2000年。その間、日本人は「訓読み」や「国字」を独自に創出するなど、漢字を日本語になじませるための不断の努力を重ねてきました。本書では、金田一京助博士記念賞を受賞した第一線の漢字研究者である著者が、その類まれな博覧強記を武器に、さまざまな実際の使用例を見つめ、日本人が漢字に託してきたものは何なのかを多角的に検討し、明らかにしていきます。
漢字をテーマにした新書はたくさんありますが、それら類書との違いは、単なる薀蓄話に終始せず、常に漢字や日本語を日本文化史と関連づけて論じている点です。どの章でも弥生時代から現代までの2000年の文化史を縦横無尽に行き来しつつ、漢字に対する日本人の創意工夫の軌跡を綿密に追っている――それが本書の魅力でもあるのです。
たとえば「田」という字は、古代中国では稲を作る「田」と穀物を作る「はたけ」の両方を兼ねていたのですが、日本人はこれを区別するために、奈良時代に「白田」を組み合わせて「畠」、平安時代には「火田」の二字を組み合わせて「畑」という国字を作り出しました。「田」の字は、「田中」「久保田」など日本人の名字の中で最もよく使われています(約464万件)。
また、現代の若者が「夜露死苦」と当て字することがある「よろしく」は、江戸時代に馬琴が戯作で「四六四九」と書いていましたし、平安時代には「うるさい(煩い、五月蝿い)」を「右流左死」と当て字していました。さらに現代の若者が携帯で使う「絵文字」は、江戸時代にもありました。たとえば「斧(よき)」「琴」「菊」の絵合わせ文字で「良き事聞く」柄(写真1)、「鎌」「○」「ぬ」の絵合わせ文字の「構わぬ」柄(写真2)などは江戸の町民に愛されたようです。
本書では、こうしたさまざまな事例を満載し、漢字という「船」に乗って日本の文化史を旅しているうちに、漢字に託した日本人の心や日本文化の多様性、奥深さを再発見できるように、日本人論、日本文化論としても楽しめる構成を心がけました。

写真1:「良き事聞く」柄

写真2:「構わぬ」柄
(NHK出版 本間理絵)