西洋絵画史の本といえば、ルネサンス、バロックと続き、印象派を経て現代画に至る、というように、その流れを解説するものがほとんどです。それは、絵画の変遷を知るには有用ですが、単純に作品が並ぶことで、途中で飽きてしまう人も少なくありません。そこで、ご存じ「怖い絵」シリーズの著者は、まず西洋画家を「宗教・神話〈=神〉を描いた画家」「宮廷〈=王〉を描いた画家」「市民社会〈=民〉を描いた画家」の三種類に大別します。そもそも画家が自由にテーマを選べるようになったのは近代以降のこと。それまでは注文主の要求に応じて描くのが基本で、そうした制約のなかで強烈な個性を照射した名作が後世に残った……と、ここまでは一般の解説書と大きく違いません。著者の真骨頂はここから。「では、その画家は最後に何を描いたか?」 パトロンの庇護を受けた画家の生涯を辿りながら、その主要作品と「絶筆」を見比べることで、これまで作品論に偏りがちだった絵画史を、画家の人生論として編み直そうというのです。すなわち、画家にとって、絵を描くことは目的だったのか、あるいは手段だったのか、「絶筆」はその画家が人生をどう生きたかを映し出す鏡である――というわけです。
本書の体裁は、前作『
「怖い絵」で人間を読む』『
印象派で「近代」を読む』と同様に、メイン作品はカラー掲載し、「絶筆」には著者自らの手になる引き出し線付きの図版解説を施します。「絵画は“見る”よりも“読む”ほうが先」という新しい鑑賞法を提示し、優れた絵画評論を世に放つ著者ですが、画家の「絶筆」に注目して絵画史を論じる試みは初めてです。そこから浮かび上がるものとは何でしょうか。やはり人間の業であり、「怖さ」でしょうか。中野京子によるNHK出版新書ヴィジュアル版の第3弾です。
(NHK出版 加藤剛)
第1部 画家と神──宗教・神話を描く
Ⅰ ボッティチェリ『誹謗』──官能を呼び起こせし者は、消し去り方も知る
Ⅱ ラファエロ『キリストの変容』──バロックを先取りして向かった先
Ⅲ ティツィアーノ『ピエタ』──「幸せな画家」は老衰を知らず
Ⅳ エル・グレコ『ラオコーン』──新しすぎた「あのギリシャ人」
Ⅴ ルーベンス『無題』──「画家の王」が到達した世界
第2部 画家と王──宮廷を描く
Ⅰ ベラスケス『青いドレスのマルガリータ』──運命を映し出すリアリズム
Ⅱ ヴァン・ダイク『ウィレム二世とメアリ・ヘンリエッタ』──実物よりも美しく
Ⅲ ゴヤ『俺はまだ学ぶぞ』──俗欲を求め、心の闇を見る
Ⅳ ダヴィッド『ヴィーナスに武器を解かれた軍神マルス』──英雄なくして絵は描けず
Ⅴ ヴィジェ=ルブラン『婦人の肖像』──天寿を全うした「アントワネットの画家」
第3部 画家と民──市民社会を描く
Ⅰ ブリューゲル『処刑台の上のかささぎ』──描かれたもの以上の真実
Ⅱ フェルメール『ヴァージナルの前に座る女』──その画家、最後までミステリアス
Ⅲ ホガース『ホガース家の六人の使用人』──諷刺画家の心根はあたたかい
Ⅳ ミレー『鳥の巣狩り』──農民の現実を描いた革新者
Ⅴ ゴッホ『カラスのむれとぶ麦畑』──誰にも見えない世界を描く
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