
*「貴婦人と一角獣展」……東京展:2013年4月24日〜7月15日、大阪展:7月27日〜10月20日。タピスリー「貴婦人と一角獣」(パリ、クリュニー美術館所蔵)が日本で初公開された。
2010年の春、『楽園のカンヴァス』という小説を書くために、3か月ほどパリに滞在したことがありました。そのときに、クリュニー美術館で「貴婦人と一角獣」のタピスリーを見て、衝撃を受けたんです。非常に美しく、今から500年以上の前のものでありながら、現代性をもたたえた作品。調べるうちに深くてミステリアスな部分も見えてきて、「これは面白い、いつか書こう」と、自分の心の引き出しにストックしておきました。
しばらく時がたって、昨年、NHKの「日曜美術館」のディレクターから連絡がありました。「貴婦人と一角獣の特集をしますが、出演しませんか」というオファーだったんです。私は「なんと!」と思いまして(笑)。なぜ私が「貴婦人と一角獣」に興味を持っていることを知っているのかしら、と色めき立って、二つ返事でお受けしました。そして、小説の取材と番組収録を兼ねて、今年の3月にフランスへ行ってきました。現地で再び実物を見たのはもちろん、クリュニー美術館の館長にインタビューしたり、かつて「貴婦人と一角獣」があったブサック城を電撃訪問したり。十分に取材をさせていただきました。
そうしてでき上がったのが、この『ユニコーン ジョルジュ・サンドの遺言』です。先に申し上げておきますが、これは序章的なものです。たぶん、お読みになった方は「これで終わり?」とお感じになったかと思いますが、それは、こちらとしては「しめしめ」ということで。そうなんです。これで終わりじゃないんです。実は、すごく長い話になりそうなんですね。今年、クリュニー美術館から「貴婦人と一角獣」が来日して、東京と大阪で「貴婦人と一角獣展」が開催されましたが、その会期中に一部だけでも発表しようということで、今回の本を出させていただきました。これから先、どのぐらい時間がかかるのか、自分でもわからないぐらい壮大な構想が今、頭の中にあります。
クリュニー美術館は、パリのサンジェルマン・デ・プレの辺りにあります。そのエリアには中世の建造物が今も残っているんですが、クリュニー美術館の建物も、もともとは中世の修道院です。1843年、エドモン・デュ・ソムラールという人物が、父親の集めた中世美術のコレクションをもとに、ここに美術館を創設します。これが、クリュニー美術館の始まりです。私は、この1843年設立というところに着目しました。小説を作り込んでいくうえで、どの年代に注目するかというのは、私の場合はかなり大きなポイントになっています。
そして、この「貴婦人と一角獣」ですが、ご存じのように6枚の連作タピスリーです。一体誰が何のために作ったのか、あるいはそれぞれのタピスリーが何を象徴しているのかについては、長い間研究がなされてきました。6枚のうち5枚は、人間の五感を表すということで、ほぼ研究者の意見は一致しています。ただ、6枚目のタピスリーだけは謎なんです。第六感、すなわち、五感よりも上位に位置づけられていた「心」なのではないかと言われていますが、明らかにはなっていません。
「貴婦人と一角獣」がテーマの小説といっても、この貴婦人の正体やユニコーンの役割を物語にするかというと、私はへそ曲がりなのでそんなことはしません(笑)。全く違う時代と、全く違う視点から、この「貴婦人と一角獣」をめぐる物語を書いてみようと思ったんです。つまり「貴婦人と一角獣」という作品そのものの象徴性を解き明かす話ではなくて、このタピスリーに魅入られた人々が、それをめぐってどういう動きをしたのか。あるいは、どういう運命でこの作品がクリュニー美術館に収まるに至ったのか。そういうところに注目したんです。