学びは見えない、だけど理想に近づいていく 【学びの秘訣:スティーブ・ソレイシィさん(英会話コーチ)】

2022/08/11

「英会話タイムトライアル」の講師でおなじみ、スティーブ・ソレイシィさん。NHK英語講座のほかにも、教材開発やセミナーの開催など、日本の英語教育のフィールドで幅広く活躍されています。多様な活動の背景には、スティーブさんが日本語を習得するなかで見つけた学びの信念がありました。

※2021年7月14日に公開した特設コンテンツ「学びの秘訣」記事を、特別再掲載しています。内容・情報は全て初回公開当時のものです。


未知なる国への第一歩

 
——日本に来られて31年なんですね!来日のきっかけを聞かせてください。

大学卒業後のあるとき、行ったことのないアジアの国に1年間滞在してみようと思い立ちました。大学の先生が「日本語は世界で一番難しい言語」と言っていたし、当時の日本経済は絶好調で世界から注目されていたので、日本に行くことを決めたんです。それまではボランティアでしか英語を教えたことがなかったのですが、旧文部省のJETプログラムに応募し、英語指導助手(Assistant English Teacher:AET)として日本に赴任することが決まりました。

——AETとして、岐阜県神岡町(現・飛騨市)にいらっしゃったんですね。

神岡町は岐阜の最北端にある小さな町です。AETの面接では、赴任先としてlarge city、 medium city、small townが希望できたんです。迷わず私はsmall townを選択しました。せっかくなら日本語を話さなければならない状況に身を置きたかったので。

せっかちな性格から生まれた日本語独学法

——そこではどのように日本語を学ばれたのですか?

アメリカでは、身近に第2言語として外国語を話す人がたくさんいたので、自分が母語以外の言語である日本語を話す姿、を日本に来る前からしっかり頭の中にイメージできていました。あとはそのイメージに近づくための手段を探すだけ。あとから感じたことですが、これは日本語を学ぶ際の基礎としてとても役立ったと思います。

——理想のイメージが日本語を学ぶ際の軸になっていたのですね!具体的にはどのような学習方法を?

私はせっかちな性格なので、会話重視。早くぱっと相手に伝えられるようになりたかったんです。まずは英語で言いたいことを書いて、それを日本語に直すということを繰り返していました。自然と「英語(母語)→日本語」の流れで考えるようになっていましたね。これは単語も文法も全部自分で考えるので、とてもproductive(=生産的)な作業。会話ができるようになるために一番効果的な方法だったと感じています。

そして実践の場として学校の部活動に積極的に参加し、学んだ日本語が通じるか試しました。試合の前日、生徒たちに「明日は、相手の盲点を突くぞ!」と言ったら、ぽかーんとされたこともありましたね(笑)。

ほかにもいろいろな勉強法を試してみましたよ!フラッシュカードを作ったり、日本のテレビをたくさん見たり。これなら続けられる、効果があると思ったものをどんどん取捨選択していきました。ここでもせっかちな性格が役立って、理想のイメージに近づけない勉強法に縛られずにすみました。

右:友達同士で使うくだけた日本語の表現を集めたフレーズ集。ローマ字表記なので、読みやすかったそう。/左:収載されている表現が600個以上という量にこだわって選んだイディオム集

右:友達同士で使うくだけた日本語の表現を集めたフレーズ集。ローマ字表記なので、読みやすかったそう。/左:収載されている表現が600個以上という量にこだわって選んだイディオム集

 
——こちらの本は?

日本語を学んでいたときの思い出の本です。懐かしいなあ。

フレーズ集(写真右)は、日本に来て最初に買いました。単なる文法に則った表現よりも、もっと友達同士で使いそうな自然な日本語が載っています。実際の日常会話で使いたいと思えるフレーズがあるかを重視して選びました。

もう一つは600個以上の表現が載ったイディオム集(写真左)です。英語で意味が書いてあって、使いたいと思ったものは学校での会話でどんどん実践してみました。なかには日常会話であまり使わないイディオムも多く、伝わらないことも。600個以上も一人で試すのは大変なので、日本語ネイティブによく使うものと使わないものに〇と×をつけてもらいましたよ。



日本語ネイティブによく使うもの、そうでないものに〇と×を書いてもらった。「光陰矢の如し」は×

日本語ネイティブによく使うもの、そうでないものに〇と×を書いてもらった。「光陰矢の如し」は×

——まさに独学で日本語を身につけられたのですね。日本語の学習は楽しかったですか?

楽しく学んでいるうちに身についたらいいのですが、現実はなかなかそうもいかないですよね(笑)。学んでいるときは大変だけれども、言葉が通じたときに達成感を得られる。達成感とか、結果として得られたものを楽しい、うれしいと思えるから続けられるんだと思います。

——実践された学習方法を学校の授業では生かすことができましたか?

日本で一般的な英語の授業って、「英語→日本語(母語)」の流れで英語を理解する(=reception)ものなんです。だけど私は日本語を学ぶなかで自分で文章を組み立てるproductiveな学習が効果的だと気がついた。日本のみなさんが慣れている学習方法と私の学習方法には大きな違いがあったんです。生徒たちは間違えることに抵抗があるのに私は、ただ「間違えてもいいから、英語を話してみよう」と生徒たちに押しつけてしまったんです。AETを振り返ってみると、積極的に部活動などに参加して「国際交流」はできたけど、「英語教育」に関してはあまり役立てなかったですね。自分の日本語学習に手ごたえはあったのですが、当時の私には、それを教育に生かすノウハウがありませんでした。

自分の学びを続けるなかで、再び英語講師という仕事に出会う

——AETの任期を終えられてからは、アメリカで違うお仕事をされて、再び日本に戻ってこられたのですね。

AETとして日本にいた3年間で、日本語はできるようになったと思っていました。だからその後は、アメリカでニュースリポーターの仕事をしていました。だけど再会した恩師に、私の日本語はビジネスでもメディアでも通用しないレベルだと言われてしまいました。それで、まだ自分は日本に初めて来たときに描いていた理想のイメージには到達していないということに気がついて。だから次は国費留学生として日本の大学院にやってきました。

——さらなるレベルアップのために再び日本へ!そのときはどのような生活をされていたのですか?

大学院で学びながら、アルバイトとして英語講師をしていました。このときはまだ、将来はジャーナリストなど、メディアの仕事をすると思っていたんです。英語教育に携わるとは思っていなかった。

——そうなんですか?!それではどういったきっかけで今のようなお仕事に?

就職活動をする際に、履歴書に書けることが欲しくてNHKの弁論大会に出たら優勝できたんです。そのときNHKから声がかかって、英語の原稿を読む仕事をいただきました。

さらに「基礎英語2」のチームに2年間参加して、すてきなプロデューサーに出会って、この業界で働くのが楽しいと思えたんです。

でも英語講師としては未熟だったから2年で辞めて、日本で芸能活動をしたり、ニューヨークの大学で応用言語学を学んだり、NHK英語テキストで連載も持ったりしましたね。そのうちに「基礎英語2」でお世話になっていたプロデューサーから声がかかり、再度英語講座の講師に。今まで先生の説明を学習者が理解することを目的とする日本の英語教育を見てきたけれど、言語を身につけるにはやっぱり学習者自身が主体的に考えるproductiveな学習方法が必要だと思って。英語講座では、自分がこれだと思うものをみなさんに伝えたいと思いました。

——そこからは?

もう「乗りかかった船」。英語教育一本です!

——今でも日本語の勉強はされていますか?

もちろん!人って「この程度話せれば、間に合ってるな」と感じると語学の成長が止まってしまうのですが、私がやっているのはラジオ。ラジオは自分の言葉と声だけで伝えなければならないメディアです。だから私のproductiveな学習方法がしっかり伝えられるように日本語の勉強は欠かせません。日本のみなさんにあまりなじみのない学習方法だからこそ、どう伝えたらみんなに納得してもらえるか、いつも考えています。

——「英会話タイムトライアル」では読者のみなさんに何を一番伝えたいですか?

テキストでは日本語(母語)から英語が基本の流れです。どうしたらみなさんに失敗を恐れず英語を口に出せるようになってもらえるか考えています。たくさん自分で考えて表現して、英語を話すことに慣れていってほしいです。ちゃんと話せる土台ができると、新しい知識が入る余裕もできてきますよ。

——これからは、どのようなことに挑戦したいですか?

「英会話タイムトライアル」でも取り入れている、「productiveに英語を自分で考えて口に出す」ということを広めたいんですが、「へたな日本人の英語を聞くだけじゃ身につかない」「きれいなネイティブの発音を聞くだけで身につく」という根拠のない主張とぶつかってしまうんです。「そんなことないんだ!」ともっと伝えたいし、日本人同士、お互いに英語力を高め合えるようなネットワークを作っていきたいですね。

——最後にスティーブさんにとっての「学び」を一言で教えてください。

「学び」とは表にでないもの。「学び」を積み重ねていった先に、見えるものとして「結果」が現れます。私にとっての「学び」は流動的な単なる手段のひとつ。「学び」のコツは試行錯誤して、自分に合うものを組み合わせていくことだと思います!

——今日はありがとうございました!

【編集後記】「小さな仕事でも110%出し切る。いつもベストを尽くそうとして、サービス精神旺盛になりすぎちゃうんですよ~」この言葉どおりスティーブさんの真っすぐな人柄が印象的だった今回のインタビュー。しかし返ってきた学びのコツは、「『学び』は表に出ない。理想に近づくために試行錯誤する」という意外にも冷静な言葉。ニュースリポーターや英語講師、留学生、さまざまな経験をし、考えてきたからこそたどりついた、学びの秘訣なのだと思いました。

スティーブ・ソレイシィ|NHKラジオ「英会話タイムトライアル」講師。英会話コーチ。国際コミュニケーション博士。1968年生まれ。スピーキング力育成メソッド(Sentences Per Minute 英文発話率)や英語面接型試験の研究と開発をはじめ、さまざまな英会話教材開発やセミナーを行っている。趣味は旅行、アメリカのプロスポーツ観戦、登山。


◆初出:NHK出版 学びの秘訣(2021年7月14日)

STAFF
Photo : Chihaya Kaminokawa
Edit : Anna Matsuzaki(NHK Publishing)

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