わけあって引っ越しをした。
新しい家はほんとうにちょうどよい大きさでというか、よけいなものがなんにもないくらい小さくて、そこに不満がないわけではない…がいろいろなことがうんと楽になった。そうじとか物の管理とか。
それでも、すぐに出たくて前の家を出たわけではないのでいろんなことがとても切なかった。
この気持ちは家で仕事をして家事をし、みっちり家とつきあってきた主婦だからひとしおだと思う。
もともとその家にあった木は持っていくわけにはいかない(借家だからあたりまえだ)ことが特に切なかった。なじんで、話しかけて、世話をして、八年間もいっしょにいたので、体の一部がもがれるような感じがした。
そういう気持ちになるとわかっていたので、うすうす「まずいことになってきてるな」と思っていてもなかなか出られなかったのだが、その情にひきずられてちょっと遅かったなとさえ思う。
もう、自分以外の生き物の命をレンタルで預かることは一生したくない。
指定の庭師さんがあまりにも命に対してひどい仕事をするので、自腹でいい庭師さんを呼んできてまで守った木々たちが、これからもぶじであるように祈るだけだ。お互いに別の道を行こうな、元気でな、と別れた旅人たちのような気分だった。
五十になるわけだし、これからはもう少し身軽に生きていきたいと思う。
私のそのような気持ちを理解してくれる人は現場にはだれもいなかった。もちろん情や理解を求めていたのではない。しかし、八年間も心を込めて住んだ家と別れるとなったときに、人の心には必ず感慨がある、それをある程度そっとしておくくらいのことは人として普通だと思っている。
いや、今のせちがらい世の中ではそれは普通のことではないのかもしれない。
隙があれば少しでも多く取ろうという欲が満ち満ちていて、各立場の人が責任をなすりつけあい、目の前の全てを疑うような雰囲気で、とてもいやな気持ちでその家を後にした。
大人の私は思った。
「金さえあればいいんだろう、だったら稼いでやる。ああだこうだ言わせないようになってやるからな!」
そう言うだけではなく本気を出せるし、多分実現するだろうところが自分のすごいところだと思っている。
そして子どもの私は家に対してだけ、こう思っていた。